【少女】
「おはようございます。神父様!
…………あれ?まだ寝てるのかな?」
軽快な少女の声が空っぽの教会に響き渡るが、件の神父の返事はない。
いくら家畜の世話などで朝が早い田舎村と言えど、
日が満足に昇り切る前に教会を訪れる物好きは、
少女を除いていなかったようだった。
【少女】
「う〜ん、時間もないし仕方ないよね。だったら……。
す〜〜〜。神父様あああぁ〜〜〜!朝ですよ〜〜〜〜〜!
女神様にお祈りをさせてくださ〜〜〜い!!」
胸いっぱいに空気を吸い込んで
神父が寝入っているであろう部屋に向かって大声を上げる。
【男の声】
「おわぁっ!?な、何事ですか!?
ああっ!?ベッドから落ちるっ!? ぎゃへえええぇッ!?」
ドターーーン!!
【少女】
「きゃあっ!? し、神父様!?大丈夫ですか〜〜〜!?」
教会の奥から男の驚いた声が聞こえたかと思うと、
派手に転ぶ音が響き渡ったのであった……
………………
…………
……
【神父】
「……はぁ、ミリネさん。
熱心なのは褒めるべきことですが、何事にも限度がありますよ?
なぜこのような時間に教会に?」
先程の騒動で顔に青タンをこしらえた神父は、
少し呆れながらミリネと呼ばれる少女に話しかける。
【ミリネ】
「ごめんなさい、神父様……。
家のお手伝いがあって、この時間くらいしかお祈りできないから、
つい、焦っちゃいました」
【ミリネ】
「だってほら、最近は≪魔瘴≫の影響で
良くないことが村の周りでも起きてるから……。
だから、みんなのためにお祈りしたくて……」
【神父】
「なるほど。……ミリネさんは優しいですね。
そんな理由では褒めることはすれ、怒ることはできそうにありません」
ミリネが早朝から教会を訪れた理由を聞き、神父は表情を柔らげる。
それは、彼女が村人を思っての行動であったから。
【神父】
「でしたら、早速、女神様に祈りの準備を始めましょうか」
【ミリネ】
「神父様……ありがとうございます!」
神父の言葉に目を輝かせながら、ミリネは教会の中央に鎮座している
女神像に祈りを捧げるために向かうのであった……
………………
…………
……
【ミリネ】
「女神様。どうか私たちをお守りください……。
迫りくる≪魔瘴≫から私たちをお救いください……」
この世界を創造し、人類を導いている女神を象った像に祈りを捧げるミリネ。
現在、片田舎の村娘、ミリネ=サンリオンの暮らすセフィリオ神聖王国は、
未曾有の危機に陥っていた。
500年に一度、この国に訪れる≪魔瘴≫と呼ばれる災厄。
世界を蝕む瘴気。人々や大地に害を成し、
魔物と呼ばれる化け物を生み出す恐るべき瘴気。
すでに≪魔瘴≫の前兆が国中を襲っており、
ミリネの住む村にも少なくない被害が生まれていた。
それは村人の生きる糧である田畑や家畜を襲った。
田畑の実りが目に見えて減っていった。
突然、家畜が凶暴化し、他の家畜を食い殺した。
いまだ前兆に過ぎない段階でこれである。
近い将来、訪れる≪魔瘴≫の被害は考えるだけで恐ろしい。
被害にあった村人たちの絶望した顔を思い返すと、
ミリネは己の胸が槍に貫かれたように酷く痛んだ。
彼らのために自分ができることはないだろうか。
最近は両親の手伝いで農作業をしている間も、常にそれを考えていた。
そしてその答えが、女神に祈ることであった。
≪魔瘴≫を封印するために、訓練を積んだ貴族の淑女らが
『女神の巫女』として女神の力を借り受け、≪魔瘴≫を封印する準備を
行っていると、ミリネは神父から聞いたことがあった。
ならば、彼女らほどとは言えないまでも、
ほんの少しだけでも女神から≪魔瘴≫を退ける力を授けてもらえないだろうか。
……そう考えて彼女は一心不乱に祈るのだった。
ミリネは祈った。ただひたすら。
愛する両親のため、隣人のため、村の皆のために。
【神父】
「……な、なんと美しい祈り姿なのでしょう。
祈りの作法も何もかも無茶苦茶なのに、これほどとは。
まるで文献に記された『女神の巫女』のようではないですか……」
祈りの作法も何も知らぬ田舎娘の見様見真似の祈り姿。
だがその祈りは清らかで慈愛に溢れており、
神父はミリネに最も女神の寵愛を受けし存在である、
『女神の巫女』の姿を幻視した。
プワアアアアアアアアアア!!
【神父】
「なっ!?この光は!?ミリネさん!?」
【ミリネ】
「え!?ええええ!?
な、何これ〜〜〜!?
神父様!?私、何かやっちゃいました!?」
神父がミリネの祈り姿に見惚れていると、
突然、彼女を中心に神々しい光が溢れはじめた。
突然の事態にミリネも驚き、ワタワタと慌てふためく。
【???】
『アナタの人々を想いやる心。確かに聞き届けました』
【ミリネ】
「えっ!?えっ!?何この声!?
私の頭に直接!?何、何、何ぃ!?
神父様っ!これ、何なんですか〜〜〜!?」
【神父】
「声!?私には聞こえませんよ!?
私にはただ、ミリネさんが光っていることくらいしかわかりません!」
【ミリネ】
「聞こえてない!?そんな!?
だって、こんなにはっきりと……」
突如、ミリネの頭に響き渡る、優しく語りかけるような声。
【???】
『フフフ。少し落ち着きなさい。ミリネ。
この声はアナタにしか聞こえないのですから』
【ミリネ】
「ウソ……も、もしかして、女神様、ですか?
私の祈りが届いたから、村のみんなを助けてくれるんですか?」
すべてを包み込むような母性に満ちた柔らかな声に、
ミリネはいつしか落ち着きを取り戻す。
【女神の声】
『助ける?
ミリネ、アナタは少し勘違いしているようですね。
彼らを、世界を救うのはアナタ。
いえ、アナタたちなのですよ。ミリネ』
【ミリネ】
「世界を救う?一体どういう意味なんですか!?」
【女神の声】
『アナタのような美しい心と体を持つ者こそ、わたくしの巫女に相応しい。
ミリネ、王都に向かうのです。
そしてわたくしの巫女になるため修行をするのです……』
【ミリネ】
「み、巫女……?え?ええええええええっ!?
わ、私が女神様の巫女〜〜〜!?」
そう驚きながら、へたり込んでしまうミリネ。
【神父】
「ちょっ!?ミリネさん!?大丈夫ですか!?ミリネさん!!
そんなに口を大きく開けたまま呆けて、一体なにが……」
自分のようなただの村娘にはあまりにも荷が重すぎる言葉。
ミリネは女神の言葉に驚きのあまり、思考が停止してしまう。
これが彼女、ミリネ=サンリオンが女神の巫女になるきっかけ。
後に『双性の巫女』の片割れとして呼ばれ、語り継がれることになる、
彼女の始まりの物語であった……
………………
…………
……
≪続く≫